移住者インタビュー

【日高村】「高知で子育てがしたい」夫の一言が移住の決め手に

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家族5人で神奈川県川崎市から日高村への移住を果たした松島さん。高知移住を決意したのは、夫の一言がきっかけでした。夫婦ともに地域おこし協力隊として活動中で、現在3年目。協力隊としての活動や子育て環境のこと、今後の展望などを聞きました。

松島 多実子さん

  • 出身地:埼玉県
  • 現住所:日高村
  • 移住年:2023年
  • 職業:地域おこし協力隊

高知移住のきっかけは?

移住前は川崎市に住んでいました。夫と、8歳、5歳、2歳の子ども(※年齢は当時)と5人暮らしで、家が手狭になってきたことから引越しを検討していたんです。祖母の家がある福島県など県外も含めて検討していたとき、東京で開催された高知県のイベントに夫が参加。そこで出会った日高村地域おこし協力隊OGの紹介で、「お試し地域おこし協力隊ツアー」に家族で参加しました。

ツアーの内容は、日高村で活動する先輩協力隊のお話を聞いたり現地の食や暮らしを体験できるというもので、しかも参加費は無料でした。夫は高知市出身ではありますが、親が転勤族だったため実際に住んでいたのは子どものころの6年ほどだけ。それでも「今まで住んだ中で高知が一番よかった」とずっと言っていたんです。その影響もあって、ツアー参加を機に高知移住が急浮上しました。

多実子さんも賛成でしたか?

実は私はもともと龍馬好きで、婚前旅行も新婚旅行も高知を選んだほどだったので…。高知で幼少期を過ごした夫には、地域のおじいちゃんおばあちゃんが「おかえり」「おやすみ」と声をかけてくれた温かい記憶もあって、「高知で子育てがしたい」と。夫がそう言うなら、という感じでした。夫は整体師の仕事をしていたのですが、日高村の地域おこし協力隊のフリーミッションでその活動が続けられること、ツアーに参加して、地元の方と触れ合う中で暮らしのイメージが沸いたことも後押しになりました。

移住してからの仕事を教えてください。

夫婦ともに地域おこし協力隊として活動しています。夫は整体師、私はNPO法人日高わのわ会で、日高村特産のトマトを使ったトマトソースを作ったり、配達をしたり。関東では運転する機会がなくてペーパードライバーだったのですが、日高村の道はゆったりしているので、何度か練習を重ねて運転できるようになりました。わのわ会を選んだのは、ツアーで訪問した際に聞いた代表の言葉「できる人が、できる時間に、できることを。」の言葉に感銘を受けたからです。同じように子育て中のママもたくさんいるので、いろいろと情報交換ができたり、急な休みなども助け合えるのはありがたいです。移住前は事務の仕事をしていたので事務系求人への応募も考えたのですが、せっかく移住するなら地域ならではの仕事がしたいと思い、協力隊を選びました。

また協力隊は副業ができるため、傍らでレジンアートを使ったお土産づくりをしています。高知の”仁淀ブルー”は有名なのにお土産がないことに気づき、「ないなら作ってしまおう」と技術を身に着けました。にこ淵をイメージした箸置きや鳴子などの小物を作って、道の駅や中津渓谷前の茶屋などで販売しています。屋号は、川崎市で住んでいた地名の「二子」にちなんで「NICO BLUE」と名付けました。

日高村での暮らしをどう感じていますか?

周りの大人が子どもたちを見守ってくれている感覚があって安心感があります。移住前にイメージしていたような温かい声かけがあったり、近所の方からお裾分けをもらったり。そんな環境で子育てができるのはうれしいですね。子どもたち、特に一番下の子はすっかり土佐弁ネイティブです。

今後の展望を聞かせてください。

もうすぐ協力隊の任期が終了するので、卒業後に向けて準備をしているところです。私はわのわ会で働き続けることができそうなので、今と同じバランスで働けたらいいなと思っています。

夫はフリーランス整体師として活動していく予定なので、少しずつインスタグラムで発信しはじめています。将来的には自宅の敷地内で整体ができる環境を整えるべく、新たな物件も探し中です。整体師って手などが疲れるイメージがあるでしょう?でも、夫は施術するごとにお客さんと一緒に癒されていくタイプなんです!私もSNS投稿の企画などを担当しているので、もっとたくさんの人に知ってもらえたらいいなと思っています。




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