移住者インタビュー

帰ってきたふるさとで「好き」を仕事に

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2019年4月、生まれ育った故郷の四万十町へ大阪から移住。地域おこし協力隊として四万十町の魅力発信業務を担った後、現在は四万十町で40年以上営業を続けるレトロな喫茶店『喫茶シーガル』を営む橋本貴洋さん。 帰郷した橋本さんが感じた心の変化やお母様の喫茶店を事業承継するに至った現在の想いとは?

橋本 貴洋(はしもと たかひろ)さん

  • 出身地:四万十町
  • 移住年:2019年

移住のきっかけ

もともと服が好きで大阪市でアパレル販売会社に勤務していた橋本さん。その後同僚3人で独立したが、仕事でストレスを感じていたと話す。
「服が好きで始めた仕事だったが、収益がメインになってしまって自分が好きだと思えない服でも『いいですよ』と言って売ることに矛盾を感じていた」

そんなある日、いつも通り出勤した仕事終わり、同僚とお酒を飲んだ帰宅途中に体調が悪くなり駅で倒れてしまう。独立したばかりで、休みなく働き詰めだったため、体力的にも限界がきていたのだろう。この出来事がきっかけとなり、これからの人生を考え直しはじめたという。

結婚して子供もいたので、どうするべきか非常に悩んだのだそう。その時、お母様が喫茶店を営んでいることもあり選択肢のひとつとして考え出した橋本さんだったが、飲食店の経験は全くなかった。そこで、アパレル販売をしながら空いた時間に大阪のカレー屋さんでアルバイトをして勉強したという。

「シェフはインド人で自分はホールを担当。その時にお客さんがすごく喜んでくれたんですよ。別に自分が作ったわけではないけど、『ありがとう』とか『すごいおいしい』といった言葉がすごく嬉しくて。仕事ってこんなにも感動するものだって改めて気づいた。もともと自分も、好きな服を売って喜んでもらって、お客さんも自分も喜んで満足してたなって思い出したんです」

しかし、大阪で飲食店を経営するのはリスクが高いと感じ、お母様が営んでいた喫茶店『喫茶シーガル』を継ぐことに決めた。

『地域おこし協力隊』との出会い

事業承継すると決めたものの、20年以上離れた四万十町の状況を全く知らなかったため、ここで生活ができるのかと不安を感じていた。そんな時、大阪で開催されていた移住フェアに参加し、当時の移住担当職員に「地域おこし協力隊をやりながら、空いた時間で喫茶店をやり、地元で生活できるか判断してみたら?」とアドバイスをいただいたのがきっかけで、地域おこし協力隊に応募したという。

伝えていきたい想い

地域おこし協力隊の最後の1年間で四万十町のチャレンジショップ(将来の開業を目指し、お試しで開業できる施設)を活用して、経営や調理の勉強をしながらお母様の喫茶店を手伝っていた。
初めは、最先端のトレンドを取り入れて、ほかの田舎のお店と差別化しようと思っていたが、協力隊として活動しながらお店に立っていた3年の間に気持ちの変化があったと話す橋本さん。40年間来てくださったお客さんが来づらくならないよう、お客さんとお母様が作り上げてきた喫茶店の古さがもつ『魅力』を残しつつ、新規のお客さんが来てくれるような新しいトレンドを取り入れることも意識するようになったという。

そのような気持ちの変化があった橋本さんが、事業承継する上で現在も感じる悩みがあると打ち明けてくれました。
「意見の違いで感情的になり、親子でぶつかり、冷静に話し合いができないことがある。もちろん、母の存在のおかげでお客さんが来てくれるというのはあるけれど、新しいお客さんを開拓するためにも新しいことにチャレンジしていかなきゃいけない。そのすり合わせが難しいです」親子でお店を経営するという壁を乗り越えようと奮闘している橋本さん。

今後、四万十町で伝えていきたい『想い』についてお聞きすると、「もともと外食がすごく好きで。高校生の時にファストフードに行ってしょうもない話をした時間も、先輩や奥さんと食事した思い出も残ってるし、その時のお店の内装や音楽や店主の雰囲気が記憶に残っている。そんな食事をすること以外に感じるプラスアルファの価値観を伝えるお店にしたい」と熱いまなざしで答えてくれました。

この場所でこの時を過ごす人々の温かい風景が想像できるような店内。飾らずまっすぐな気持ちでお店に立つ、橋本さんの芯の強さとパワーを感じました。

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